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写真の力

ふと「そういえば、動物園には昔もよく行ってたな〜」と思った。写真を撮る
目的で初めて動物園を訪れたのは1983年4月24日のこと。以前書いたが、
高校に入って新しいカメラを手にし、上野動物園にやってきた。園内よりも、
不忍池を飛んでいる鳥たちに興味を抱いていたようで、モノクロネガを見ると
ブレブレの写真がたくさん撮れていた。2006年にこのネガを引っ張り出して
きたのだろう、別館にはこの頃に撮った写真をいくつか載せている。これが、
動物園撮影の原点だといえる。しかし、それ以後も動物園にはよく出かけた。

人並みに彼女という存在がいて、休日にはたいてい外出していた。当時から、
動物園好きだったらしい。お金もさほどかからないし、楽しめるのであちこち
一緒に行動したのだ。といっても、いつも場所を決めて連れ回していたという
ほうが正しいのかもしれないけれど。そんな記憶があったので、ネガが確実に
残っているはずだ、そんなことを考えた。こうなると、行動が早いのである。

とまあそんなわけで、昔のネガを探してみた。すると、見事に成果があった。
最初に撮影したときのモノクロはもちろんだが、それ以外に野毛山、江戸川、
多摩、金沢などで撮ったと思われる写真が出てきたのである。さすがに撮影の
コマは少なかったが、けっこうビックリする内容だった。野毛山の写真では、
なんとシベリアオオヤマネコが写っていた。現在の感覚では、飼育されていた
ことがそのまま驚きである。撮影した記憶など全く残っていない。不思議だ。
そして、2003年に亡くなったゾウのはま子さんの姿も。画面の周囲に木々を
入れた構図で撮っていた。当たり前だが、今とは作風も大きく異なっている。

そして、多摩と上野。97年4月に訪問している。しかし、上野のほうは別の
場所と掛け持っていたようで 、パンダ2コマ、シロクマ1コマ、他は5コマ
しか撮っていない 。多摩のほうはそこそこ撮っていたようだ 。当時カメラは
EOS IXEを使っていた。この頃流行っていたAPSシステムの一眼レフである。
カートリッジをカメラに入れるだけで撮れる、という手軽さがウリだったが、
これこそデジタルに完膚なきまでに叩き潰されてしまった。今ではフィルムも
手に入らない。つまりカメラには価値がなくなってしまったのだ。プリントも
できないだろうと思っていたのだが、問い合わせてみたらまだ可能だという。
これはとても助かった。早速プリントしてみるつもりだ。多摩のほうはほかに
ネガがいくつかある。これはおそらく2001〜2003年3月頃までの写真だ。
動物園に通い始める直前である。これには、ユキヒョウも写っているようだ。

余談だが、この97年には広島、長崎、鹿児島を旅行していた。長崎の際には
ちょっと足を延ばして佐世保にも寄っている。その時に利用した観光バスで、
どうやら動物園に行ったらしい。ネガにレッサーパンダが写っていた。これは
調べてみたくなる。結果はすぐに判明。石岳動植物園だった。正式な名称は、
九十九島動植物園という。もうすっかり忘れていた。まさに写真の力である。
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AB− (OM-D E-M5/FD500mmf4.5L)
by keiji_takayama | 2014-03-21 06:31 | 多摩動物公園

かつてのコレクション

昨日の記事を書く過程で、久々に古いカメラ総合カタログを引っ張り出した。
この当時は会場が日本橋高島屋で、さすがに狭い感じは否めなかった。熱気が
とにかくすごくて、冬だったのに暑さを感じた記憶がある。カタログは複数の
出入り口で配られていた。ちなみに2014年版はオールカラー73ページだ。
これが1983年版ではモノクロながら176ページ。出展企業が多かったので
分厚く見応えのあるものだった。今でもトップを走るキヤノン、ニコンなどに
加えて、大小さまざまなメーカーが個性的な製品を出して、競っていたのだ。
1985年にミノルタがα7000を発売して 、カメラはAF化が急速に進んだ。
そしてやってくるデジタル時代。この間にメーカーは淘汰され、コレクターの
心をくすぐるような品物が減った。学生だったから、掲載されているカメラは
ただの1台も持っていなかった。「掲載商品」を初めて手に入れたのは翌年の
正月だったか、お年玉を握りしめて、シグマ28mmf2.8を購入したのだった。

アロマカラーに入社して、カメラ店を毎日訪れるようになった。会社の裏には
三宝カメラがある。土曜は時間に余裕があったので、松坂屋カメラに立ち寄る
ことが多かった。そこで、中学生の頃手に入れることのできなかったカメラに
興味が再燃した。価格も安くなっていたので、いろいろ手に入れて持つことに
悦びを感じていたのだ。だいたい以下の機種を持っていた。コレクションには
条件がある。外観のキズはOKでも 、完動するということは絶対必要だった。

・ペンタックスLX・・・昭和60年までメイン機種。壊れず頑張ってくれた。
・ペンタックスMEスーパー・・・小型軽量。プッシュンボタンにはビックリ。
・オリンパスNewOM-2・・・斜め横からの姿が美しく、よく見とれていた。
・キヤノンNewF-1・・・アイドル写真時代の頃、これと500mmがメイン。
・キヤノンAE-1P・・・仲間内では皮肉を込め、AE-1プロ用と呼んでいた。
・コニカFS-1・・・初のワインダー内蔵一眼レフ。巻き上げ音は意外と静か。
・フジカAX-5・・・数が少なく入手に苦労する。5モードAEがウリだった。
・マミヤZE-X・・・クロスオーバー機構搭載。でも、使ったことはなかった。
・ミノルタXD・・・触り心地がいい。A-1よりXD派だった。いいカメラ。
・ミノルタX-7ブラック・・・エントリー機では最もスタイリッシュだった。
・リコーXR7・・・安いけど実用性で考えるなら十分アリ。人に貸したまま。

実はこれ以外にもAF機などいくつか所有していたけど、80年代のカメラでは
概ねこのあたりであったと思う。ニコンは70年代のF2フォトミックを持って
いたことがあった。店でこういうカメラを見かけると 、ついつい手に取りたく
なってくる。子どもの頃の憧れや興味は 、大人になっても覚えているものだ。
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AB− (OM-D E-M1/Gバリオ100-300mmf4-5.6)
by keiji_takayama | 2014-03-20 11:20 | 東武動物公園

復活したベラミ

チノンと聞き、即座にカメラメーカーを連想できる人は相当なカメラ好きだ。
だとすれば、そういう1人に入ってしまうのだろう。昨日、新聞を眺めていて
目に飛び込んで来たのが「復活チノン 復古調」という見出しだった。けっこう
大きな扱いを受けている。このチノンというメーカー、一時はコシナと並んで
長野県を代表するカメラメーカーの1つだった。当時の日本写真機工業会発行
「カメラ総合カタログ 1983」を見てみると、チノンは4ページ載っている。
8mmカメラ、映写機、そして35mm一眼レフ3機種、コンパクト4機種と、
けっこう扱っている製品も多かった。写真に30字までのデータが写し込める
インフォバッグ、インターバルタイマー付きパワーワインダーなど、個性的な
アクセサリーも存在していた。この頃の一眼レフはペンタックスKマウントを
採用していたので、50mmあたりは現在でも中古市場で見かけることがある。

話が逸れたが、海外に工場をもち、従業員も2000人以上抱えていたチノン。
ところが 、デジタル化の波に乗り遅れてしまう 。90年代には業績が悪化し、
97年に米コダックに買収された 。しかしこのような状況であっても 、決して
諦めていなかった人がいた。創業者の女婿である茅野正澄氏である。チノンの
技術者らと新会社を作り、2005年にコダックから商標権を買い戻したのだ。
以後は子ども向けトイカメラやOEM製品を作り 、開発資金を蓄えたという 。

そしてついに、フルハイビジョン動画と静止画の撮影ができるデジタルカメラ
「ベラミHD-1」が発売されることになった。ファインダーをのぞきながら、
トリガーを引いて撮影するというユニークなスタイルをもつ 。AFは使えず、
シャッタースピードや絞りもマニュアルである。210万画素1/3センサーを
採用し、オールドレンズ本来の持ち味を活かすのが特徴だ。これでいてISOは
160〜12800まで備えている 。電子式手ブレ補正 、12倍電子ズームなど、
役立つ機能も搭載された。標準レンズとして装着されているのは、Dマウント
と呼ばれる8mm規格のレンズ。専用として新規開発された。これ以外にも、
16mmフィルムシネカメラ用のCマウント、防犯カメラ、工業用カメラなどに
使われているCSマウント、そしてM42マウントのアダプターが用意される。

さてこのカメラ。多彩な表現が出来るのだが、開発者の声としてこんな言葉が
取り上げられていた。「技術がなければ撮れない。」これは楽しそうなのだ。
大手がしない、玄人向けのカメラ。税抜き85,000円という価格はやや厳しい
感もあるのだが、目標販売台数は年6,000台という。ちなみにベラミの名は、
かつて大ヒットしたコンパクトカメラが由来である。巻き上げレバーを巻くと
レンズがポンと飛び出し、レバーを元に戻せばレンズが引っ込みフタが閉まる
というユニークな方式のカメラだった。蘇ったベラミも、生き抜いてほしい。
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AB− (7D/EF600mmf4L)
by keiji_takayama | 2014-03-19 07:46 | 金沢動物園

消えた動物園

神奈川県の水族館といえば、すぐに思い浮かぶのが新江ノ島、八景島、油壺の
3つである。調べてみると、箱根などそのほかに4つほどあるのだが、偶然に
知った過去の水族館があった 。昭和30年代前半に株式会社が開館している。
場所は真鶴で、その名も真鶴水族館だった 。閉館の時期は諸説あるようだが、
いずれもすでに25年以上が経過している 。2005年頃まで建物が残っており
ネット上で写真を見ることは可能だ。こんな場所に、という驚きがあったので
とても衝撃を受けた。そして、では消えた動物園はあるのだろうかと考えた。

動物園にはよく行くものの、歴史とかの話になるとさほど詳しくない。たまに
こういうことがきっかけで調べたりすることのほうが多い。イメージとしては
動物園が潰れるということはあまり聞いたことがない。東武動物公園で初めて
ホワイトタイガーを撮ったとき、閉園した宝塚ファミリーランドから来園した
という紹介を見たのが初めてだと思う。なんとなくだが、動物園は運営母体が
強いという印象があり、そうそう潰れることはないと認識していた。しかし、
これは当然時代的な背景もあるのだろうが、意外にも閉園した動物園がある。

・北海道野生動物公園(1984-1987)
ホッキョクグマを30頭飼育していたらしい。経営不振閉鎖→不審火にて全焼
・世界鳥類園バードピア(1976-2005)
横浜マリンタワー改修に伴い閉鎖。鳥たちは神戸花鳥園や掛川花鳥園に移動。
・日本カモシカセンター(1960-2006)
カモシカ10種のうち8種を飼育。シャモアは多摩動物公園が引き取り先に。
・月岡動物園(1935-1991)
民営ではあったが、新潟県に存在していた動物園。山口百恵も来園したとか。
・箕面動物園(1910-1916)
日本では3番目に開園。当時の動物園では、日本最大級の広さを誇っていた。
・栗林公園動物園(1907-2002)
国内初など、ナマケモノの飼育で知られていた。2004年3月末で完全閉鎖。
・道後動物園(1948-1988)
より良い飼育環境を目指すため、新たに建設されたとべ動物園に移転された。
・宮崎サファリパーク(1975-1986)
経営母体は東急グループ。日本初のサファリパークだった。現在はゴルフ場。

これ以外にも、実はかなりの動物関連施設が閉鎖になっている。最も多いのは
牧場と呼ばれている場所だ。記憶に新しいケースは、事件を起こしてしまった
秋田八幡平クマ牧場がある。経済的な理由から行き詰まるケースが目立った。
それにしても興味深かったのは月岡と箕面だろう。新潟県に動物園があった、
これは初めて知ったこと。箕面動物園は今でもその痕跡が残っているそうだ。
正直ここまで大掛かりな記事にするつもりはなかったが、面白い発見だった。
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AB− (GX7/NewFD400mmf2.8L)
by keiji_takayama | 2014-03-18 09:57 | 富士花鳥園

結膜下出血

風邪が悪化したらしい。
咳が出て仕事にも影響が出始めた。これはマズイなと思っていたところ、
夜になって同僚3人から、目が真っ赤だと指摘された。充血 ? くらいに
思っていたのだが、尋常じゃないという。鏡がなかったので、反射する
クリップで見てみたら、ビックリした。ホントに文字通り真っ赤なのだ。

どうやらこれ、咳をしすぎて結膜の血管が破れたために起こるケース。
結膜下出血と呼ばれる症状だ。今朝になっていろいろ調べてみたのだが
全く同じ症状の写真が掲載されている眼科のHPが存在していた。
左目なのだが、白目の部分がべったりと赤く染まっていて不気味である。
しかし、傷みがあるわけではない。かゆみもないし視力がさらに落ちた、
なんていうことも感じない。いくつかの眼科のサイトを見てみたのだが、
数日から1週間ほどで吸収されるため、治療の必要もないと書いてある。

それにしても、この状態で接客をするのはかなり難がありそうだ。
昨日の帰り、電車の中や食事に立ち寄った店でも一瞬ギョッとされた。
いろいろと悪いタイミングが重なったのだろうか。おとなしくしていよう。
結膜下出血_b0016600_748457.jpg

AB− (OM-D E-M5/Gバリオ100-300mmf4-5.6)
by keiji_takayama | 2014-03-17 07:48 | 東武動物公園
上野動物園に出かけてきました。ネクタイを着用して動物園に行ったのは初。
なぜかというと、表彰式に出席するためです。高碕賞奨励賞を受賞しました。

〈高碕賞とは〉高碕賞は、動物園の発展振興に尽くした東京動物園協会第二代
会長 故 高碕達之助氏(1885〜1964:経済企画庁長官、通産相)を顕彰し 、
昭和40(1965)年に制定されました 。「どうぶつと動物園」のその1年の掲
載記事の中から動物園事業の発展振興、動物愛護精神の普及に特に寄与したと
認められたものに贈られます。奨励賞は、一般会員の写真・記事などが対象。

通知が届いたのは2月でした。動物園協会の発行する「どうぶつと動物園」は
季刊で年4回です。このうち、冬号の「読者の誌上写真展」というコーナーに
昨年夏、夜間開園時に撮ったスラウェシメガネザルの写真が掲載されました。
これが選考の結果、選ばれたのです。2005年でフォトコンテストにも参加を
しなくなったので、表彰式という晴れの舞台はなんと8年4か月ぶりのこと。
当日は表彰式に加えて 記念講演会も予定されていて 、定員140人のホールは
ほぼ満員という状況でした。緊張するかなと思ったけれど、実際は淡々と進み
気付いたら終わっていたという感じでした。休憩を挟んだあとは講演会です。
ホッキョクグマの話題や、高碕賞を受賞したオニオオハシ繁殖の話をじっくり
聞くことができました。とても貴重な話でなおかつ面白い。いつも写真撮影が
テーマになっているので、こうした動物園の環境や取組について知る、とても
いい機会になりました。こういう講演会に参加したのも初めてでしたが、今後
機会を作っていろいろ拝聴してみたい、そう考えるきっかけになりそうです。

高碕賞は今年で49回目を迎えます。表彰式が行われた西園動物園ホールは、
今年解体されるそうで、最後の表彰式になりました。いただいた表彰状には、
「動物の魅力をよく伝える作品であることが認められ」と書いてありました。
そして「動物への関心をさらに深められることを期待し」とあります。これを
今後も目標として、写真というテーマで伝えていきたいと感じました。歴史の
ある大きな賞をいただきとても光栄です。本当に、ありがとうございました。

写真は記事に関係なくゴールデンターキン。いつもながらの穏やかな雰囲気。
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AB (OM-D E-M1/Gバリオ100-300mmf4-5.6)
by keiji_takayama | 2014-03-16 09:40 | 多摩動物公園

さらば、あけぼの

おそらく載っているだろう。そう思って朝刊を見てみたら、期待通りだった。
昨年11月にも記事にしたけど、上野と青森を結んでいる寝台特急あけぼのが
昨日14日の運行をもって廃止された。最後の勇姿を一目見ようと、上野駅に
約2500人のファンが集まったという。これはたぶん、大宮などの途中駅でも
同じだろうし、朝を迎えた沿線にもたくさんの三脚が立てられたことだろう。
通常は青森駅まで12時間ほどをかけて走るのだが、最後は1時間長く走って
くれるそうだ。速度を落とすなどするのだろうか、嬉しいサービスだと思う。

あけぼのといえば、前にも書いたが最後まで20系客車が使われた列車として
知られている。小学生の頃は大のブルートレインマニアで、始発電車に乗って
上野駅に行き、前日夜に各地を出発した寝台特急を撮影するのが好きだった。
北陸、北星、ゆうづる、はくつる、そしてあけぼの。あけぼのが最後であり、
まさに上野着のトリを務めている感じ。そのあと東京駅に移動したのだった。
20系が最後まで使われていたことで 、漠然とだがあけぼのだけは大丈夫だと
思っていたところがある。しかし、現実はそんなことはなく、ついにその時が
来てしまったということだ。秋田駅には6時半に到着するので、とても便利。
大森山動物園には開園前に並ぶことができた。これが新幹線利用だと着くのは
11時前後。明らかに楽しみが減ってしまうのだ 。夜行バスというテもあるが
メイン前に疲れてしまう可能性があるため避けたい。仙台市の八木山動物園に
行ってそのまま前泊する、というのが最も効率が良さそうだ。出費も増すが。

Twitterでは、あけぼのの姿をほぼ毎日知らせてくれるアカウントがあった。
青森側が中心だが、駅に佇んで出発を待つ様子、記念グッズの紹介、いつもと
違う特別な表示板、雪の中を走っている姿、そして編成を詳しく載せている。
これをフォローさせてもらったおかげで、乗ることはできなかったけれども、
最後の立派な姿を毎日のように見られたのはとても良かった。定期運行はもう
終了となるが、今後は繁忙期などの臨時列車として、運行が予定されている。
これもチケットは争奪戦になりそうだが、いつかまた乗りたいと思っている。
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AB− (OM-D E-M5/FD500mmf4.5L)
by keiji_takayama | 2014-03-15 08:50 | かみね動物園

特定保健指導 2014

昨年に引き続き特定保健指導を受けた。要はまたしても引っ掛かったわけだ。
また毎月の報告をするのか、と考えていたのだが、面談を受けてみたら、少し
軽くなっていた。積極的支援から動機づけ支援に変わったのである。いくつか
チェックされる項目があり、その個数によって分かれるらしい。今回は血圧が
高いというのが問題になり、それ以外ではギリギリではあるものの、クリアー
という判断だった。昨年の検診時体重、つまり一昨年の健康診断のものだが、
これは82kgだった。で、6kg落とすことを目標に立てて実行し、一度は達成
していた。がしかし、夏場で見事に崩れ去った。調子良く月報告をしていたが
最後はなんとも情けない結果に終わった。だが、昨年診断時体重は79.5kg 。
2.5kg減ったことになる。指導に基づいていろいろ試みたのが間違いではなく
確実に成果があったことを今さらながら感じることになった。さて、今回は。

動機づけ支援の場合、報告は半年後になるそうだ。つまり、それまでは完全に
自主管理ということになる。楽なようだが、しっかりした意志が必要だろう。
今回の目標は、胸囲を2cm落とすこと。達成するために、1日あたり80Kcal
減らさなければならない。これを食事と運動による行動で目指す事になった。

このあと具体的な行動計画を指導医と相談し、3つほど決まったことがある。
①普通歩行(15分)
これは割と簡単に実行できそうだ。去年も指導の項目にあり、いつもの駅より
一つ前で降りて歩いて帰るようにしていた。時間的にもほぼ継続できそうだ。
②炭酸飲料を減らす
これも昨年に聞いて、ほぼ実践していた。たまに飲むことはあるけど、今年に
入ってからやや嗜好が変わったらしく、ほとんど飲まなくなった。ちなみに、
ゼロカロリーはセーフラインなんだとか。これもかなりの確率で可能なはず。
③麺類のつゆを残す
塩分を摂りすぎないよう、これはかなり強くススメられた。実は去年も同じ。
しかし、子どもの頃からラーメンのつゆは残したことがない。これは僅かしか
残っていない、ちょっと自慢できることだった。そんな他愛ない意地があり、
去年はそれを主張して、ご飯の大盛りを控える、ということにしてもらった。
結果的には、これは守れなかったのだけど。まさかそれを知っていたわけでは
ないだろうけど、この点は全くブレずに計画書に書き込まれてしまったのだ。
正直な話、かなり厳しい。こうなったら、食べる機会そのものを減らそうか。

とまぁこんな感じで目標が定まった。さて半年後にどうなるか、チャレンジ。
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AB+ (OM-D E-M5/FD500mmf4.5L)
by keiji_takayama | 2014-03-14 07:35 | 多摩動物公園

Aがない

先日、このブログをご覧くださっているというお客さんがご来店。話の流れで
「A評価の写真を見たいですね〜」という声をいただいた 。気付いてはいるが
ここ2年くらいになるだろうか、Aと評価できる写真を撮っていない 。一定の
水準はクリアしている、というカットはそれなりにあるのだけど 、それを超す
インパクトが伝わってくる写真がない。Aと評価できる写真というのは 、まず
それを見た時に「よし ! 」と感じることができるかどうか、が重要だと思う。
これはカッコいいぞという瞬間があって、それをきちんと捉えられているか、
という項目もあるだろう。そして、基本的なことが守られているのは当然だ。

とはいうけど、何かの都合で昔の写真を眺めてみると、実にいい加減な話だと
思うことが多いのも事実。今見返してみると「なぜこれをAと評価した ! 」と
かなり疑問に感じる写真がけっこう多いのである。言い換えると、評価基準が
それなりに上がっているという考えかたもできる。ただ、どうしても違和感が
残ってしまうのだ。昨年一昨年はかなりレベルを落としたという反省もある。
今年どのくらいできるか、が今後を占う意味でも重要だ。あくまでもメインは
こっちだし、遊びもいいけどやる時はしっかりやらないと。勝負はこれから。

昨日、6時間ほど映画をぶっ通しで見ていたが、どうやらまた風邪を引いた。
なんだか寒気がするなと思っていたのだが、どうせならと3部作を一気に見て
それが原因になったらしい。いつものように咳から始まっている。これでもう
何度目だろうか。今年は例年より確実に多い。油断するとロクなことがない。
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AB (OM-D E-M5/FD500mmf4.5L)
by keiji_takayama | 2014-03-13 07:30 | 多摩動物公園

申告してきました

確か去年の春くらいだったと思うのだが、TSUTAYAのサイトに登録してみた。
クルマで聴くCDを買うのが目的だったのだが、利用店舗も登録せよとの支持。
これに従って、いつもDVDを借りに行く隣駅の店舗を指定した。このあとから
何か借りると返却予定日がメールで知らされるようになった 。これは便利だ。
もともと面倒くさがりなのが災いし、返却が遅れてしまうことがこれまで多発
していたのである。いったん過ぎると、わざわざそのために出かけるのが億劫
だという気持ちが上に立つ。このため、ドラマなどの連続ものを借りてきて、
うっかりそのまま忘れて高額の延滞金を支払った、なんてこともあるくらい。
こういうお知らせ機能があると、出勤前にカバンに入れれば済む。いつもより
重たいので、さすがにこれは忘れない。帰りに寄り道して返すことができる。
この機能を利用するようになってから、延滞が減った。情けない話ではあるが
助かっている。なぜこれを書いたかというと、このあとカバンに入れるから。

昨日は休日。最後のタイミングでもあったから確定申告を済ませてきました。
メインの仕事以外にツアーと前の会社の手伝いをしているので、雑所得が発生
しているためです。要は還付請求なんですね。一昨年はツアーが多かったので
かなり喜ばしい結果になりましたが、去年は約半数だったので、戻されるのも
ほぼ半数くらいの額になりました。うまくできているものです。思いのほか、
これは早くに振り込まれるのでありがたいのですが、自動車税の支払いがあり
すぐに使えるというわけではありません。税務署は平日ということもあって、
混雑は避けられたようです。当然のように並んだけれど、けっこうスムーズ。
14時46分には 、職員からの放送案内に従い 、全員で1分間黙祷しました。
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AB− (OM-D E-M5/FD500mmf4.5L)
by keiji_takayama | 2014-03-12 07:35 | 多摩動物公園

いつもは中古カメラ店でカメラやレンズを売ってます。休日になると、望遠レンズを担いで各地の動物園や闘牛場で撮影活動。動物たちの表情を追い続け16年が経過しました。旅行会社で撮影ツアー講師を務めています。


by keiji_takayama