ヒデキの思い出

西城秀樹が亡くなってしまった。
まだ63歳だったという。脳梗塞のことはともかく、若すぎた。
最近のことはあまり覚えられない、覚えてもいない身だけど、
子供の頃のことはなぜかよく記憶に残っていて、そうした際には
必ず代表的な存在の1人として出てくるのが「ヒデキ」である。

小学生の頃、日曜日になると朝から晩までラジオのベストテン番組を
聴いて録音していた。たいていはヒデキが何週か1位をキープして、
そのために1位を取れない曲がけっこう多かったのを覚えている。
テレビやネットのニュースでは、代表的な曲としてY.M.C.Aがやはり
取り上げられている。これは当然としても、記憶とはちょっと異なる。

子供の頃に鮮明な印象を残してくれた曲は、Y.M.C.Aのあとなのだ。
それは「勇気があれば」である。とにかく強かった。そんな思い出。
不二家歌謡ベストテン、歌謡紅白ベストテン、全日本歌謡選抜など、
聴いていたほとんどのベストテン番組で1位を獲得していたと思う。
イントロが流れるだけで、すぐに曲が解るほどになってしまった。
このあとの「悲しき友情」が最も好きな曲なのだけど。

カメラ小僧時代には、もうすっかり忘れてしまったけど、音楽祭で
数回撮影したことがあったように思う。存在が当たり前すぎて、
意識することすら少なくなっていたのだが、ある時から新聞に大きく
広告が載るようになった。夢グループの同窓会コンサートだ。
脳梗塞のことはニュースで見て、という程度だけど知っていたし、
歌っている写真を見て「さすがだな、すげえや。」などと感じていた。

訃報を見たときに、えっと声を出してしまったのはそれが理由だろう。

「ヒデキの妹オーディション」がデビューのきっかけになった河合奈保子、
石川秀美にとっては、頼もしい兄が早くして亡くなってしまったことになる。

昨日から、なんとなく西城秀樹の曲を動画サイトで聴いているのだが、
一節をハッキリと覚えている曲が多くて、それだけ大きな影響を受けたと
再認識しているところだ。とても残念だが、曲は生涯忘れることはない。
by keiji_takayama | 2018-05-18 21:13

いつもは中古カメラ店でカメラやレンズを売ってます。休日になると、望遠レンズを担いで各地の動物園や闘牛場で撮影活動。動物たちの表情を追い続け16年が経過しました。旅行会社で撮影ツアー講師を務めています。


by keiji_takayama